KJ法と、NM法の話
2つの方法を一言で言うとKJ法は禅的性格をもつのに対し、NM法が西欧的弁証法の性格をもつといえるでしょう。それについて、KJ法の難しさを述べましたので、次はNM法入門です。
NM法のアイデア技法は、「アタマの働きを制御する」というサイバミネ的な考え方から、HBC(Human Brain Computer)モデルをもとにして考えられたものでアイデア形成に関する経験的事実から帰納したものではありません。したがって「何故こういうアタマの使い方をすれば、アイデアが出やすいか?」ということを説明するには、やはりHBCモデルの説明から入るのが正門です。
しかし、とくに文科系方の場合、いきなりコンピュータでは抵抗もあるでしょうから、ここに述べるような説明の仕方も試みておきます。
科学の3方法・・・弁証法でアイデア形成というのは、二つの対立・矛盾するデータがある時、この対立・矛盾を消去するような仮説をおくことであるといわれます。私たちが「意志的に」問題を解こうとする時には、このようなプロセスはどうしても踏まなくてはならないので、「合」としての仮説に気づくまでは、人は「正」「反」のイメージの対立に悩まされます。これが「産みの苦しみ」です。
NM法は、このような「仮説設定」をやりやすくするために作られたものであって「意志的」であるが故に「あいまいさ」はありません。理づめにやれば必ずできることです。ただ、練習を積めばアイデア形成までの時間はいくらでも縮めることができるという性質はもっています。そもそも弁証法というのは、2人の人の意見が対立した時、つまりケンカした時となりますが、この2人の仲を仲裁するために考え出された方法との説もあります。
この仲裁の方法に三つあります。
A君の言い分もB君の言い分も充分に聞いて、これを分類整理してみます。
そうすると両人とも人間ですから共通する部分もたくさんありますから、これをもとにして「A君はここのところをもう少し譲歩しませんか?」
「B君はここのところをちょっと」とのようにして共通部分をふやし、そこで「このあたりではどうだろうか?」と仲裁します。本社と組合が毎年やっている交渉がこの形です。
これはいわば「帰納的」方法です。
帰納法(Induction)とは、たくさんのデータを集めてその中から法則性を見つけようとする考え方です。
A君とB君の言い分の中に共通な法則が見つかれば,対立はとけるのです。
権威ある法則をもとにして「この故にA君のいうところはここが誤りである」「この故にB君のいうところのこの点が修正されるべきだ」と説得します。論理的説得です。
けんかしている両君のところに社長がやってきて「君たちけんかしてはいかんよ。
私が和を以て尊しとせよといっているのが分からんかね」といえば、ケンカはおさまります。これも法則みたいなものです。このようなやり方は演繹法(Deduction)といいます。
法則があれば、それに照らし合わせて結論を出すことです。
ところが,実際には往々にしてこの二つの方法では、満足すべき効果が得られません。最初のやり方ではもともと不承不承ウソといったのだから長続きしないし、次のやり方ではアタマではナルホドとなるかもしれないが「そんなこといったって」という感情がふっ切れないので、それがいずれ表面化してきます。
それで、三つ目のやり方、A君もB君も全く気づいていなかった新しい案を示す。
「こうすればA君もいいはず。B君にも異存はないでしょう」との案があれば、これが一番。これはとりも直さず弁証法的な仮説設定(Abduction)ということです。
☆ KJ法と、NM法の仮説設定の話
ある母親が生活に困まってしまって,赤ン坊を親戚の,ほぼ同年輩の女性に預かってもらって働きに出ました。
やがて2〜3年たって少しは楽になったのでこの子どもを返してもらおうとしたが返してくれない。これは預かったのでなくて自分の本当の子どもだと主張します。これを裁くのが例の大岡越前守です。
「両名それへ並べ」と真偽不明の両母親を幼児を中にして座らせる。
「かかる小さな問題でいちいちお上をわずらわせるのは不屈千万。
面倒なれば両名にて子どもの両腕を引け。引き勝ちたるを真実の母親と見倣す」という。無茶苦茶だがその頃のこととて致し方なし。と、両の母親・子どもの手を引っ張れば子どもは痛いからワッと泣く。
その時1人は思わず手を離した。もう1人の母親・してやったりニンマリすれは、すかさず越前守の日く、「相分かった。手を放した方こそ真の母親。我が子なればそれが道理というものぞ」。越前守は両方の母親の言い分を充分聞くことはしなかったし、お上の威光の上にあぐらをかいて命令しようともしなかった。ただ、「もしA女が本当の母親であるならば、そうすれば、子どもが痛かったら、その痛みを直接感ずるはずである」という仮説を立てて、それを実証してみただけなのです。科学の発達は一般に帰納法によって法則性を見つけ出し、その法則性によって事実を演繹的に理解すればいいと考えられていますが、実は古くからアリストテレスが「その最も大切な点、つまり帰納的に法則性を見つけるというが、それはどうして見つけるのか?」、それがなくては法則性は見つからないので、仮説設定と考えられなくてはならないのだと主張されているのです。
NM法とは仮説設定の技法です。
仮説を立てる能力は「その人による」ので、大岡さまだからこそ名裁判ができたのでしょうが、それでもそこに何か「考え方」がありそうです。そこで思いつくことは、どうやら日本人は徳川末期までは世界に冠たる創造的民族であったらしいことで、770年代に建立された東大寺は建築学的に既に立派な耐震構造であったり、1250年代には道元による時間空間論(正法眼蔵「有時」)が表われています。
これは学校で教えられていないから御存知ないかもしれませんが、西欧の哲学と違う独自のすぐれた哲学です。このような例をあげると本当にたくさんあるのですが、数学の分野においても徳川の終りには会田宏明、関孝和の和算が微分積分まで完成していたりしたのです。どうも明治政府が,追いつけ追い越せとばかり西欧文明を教え込むのに忙がしく、ものの考え方を教えなかった。しかもそれは、現在まで何の反省もなく続けられています。それが悪かったと思うのです。つまり、西欧文明は弁証法の考え方の上にあります。
「哲学」でも「科学」でも,問題解決では同じことで、さらに「キリスト教」という宗教もまたこの思考方法を採用しています。ところが明治政府は,これらのものを輸入するに当たって「哲学」は「東京帝国大学文学部」に,「科学」は同「理学部」その他に位置づけをし、そして「キリスト教」は輸入しなかった。だから哲学者を志す学生は科学を知らず、科学者を志望した者は哲学を毛嫌いする。
両方とも何となく気の抜けたビ−ルのような学問になってしまったのです。
明治以前の人たちが創造的であり、少なくとも意志的にチエを出そうとしたのなら、形の上でも「仮説設定」という弁証的な考え方旦したはずです。その一つが「なぞかけ」というアソビに残されているのではないかと思います。
誰だったか忘れましたが、文字もロクに書けないような兄ちゃん達でも、髪結床などでこのあそびを楽しんだ事実があるという研究論文を書かれた人がいます。
なぞかけ(1)
「やぶれ障子とかけてうぐいすと解く。意(こころ)は?」
「意は、ともに、はる(貼る,春)を待つ」
こういうのをなぞかけ、またはなぞときというので「蚊と蝿が競走したらどっちが勝つ?」「ハエーだろう」などという低級なものではありません。
「やぶれ障子」と「うぐいす」とは、関係がない対立・矛盾する二つのデータです。しかし、この間に「はるを待つ」とのデータをおくと、この対立・矛盾はなくなってしまいます。これは明らかに「仮説設定」です。
そこでこの時の仮説「はるを待つ」に気づくにはどうするか?
それにはまず「やぶれ障子」にまつわるイメージをひろげてみます。
そうすると「うん、ウチの物置きにあるあれだ。
ずいぶん汚れているが、ホネがうるし塗りの昔のものだから、案外洗って貼り直したら立派になるかもしれん」というようなことです。また、一方では「うぐいす」について考えてみますと、「うぐいすというのはいい声をして鳴くが、よくあんな大きな声が出るもんだ。
いまはもう来ないが、昔は春になるとウチの庭にも飛んできた」。
こうしてイメージをひろげているうちに、「貼る」「春」という共通のコトバにぶつかる。それをとりあげてくればいいわけです。「意(こころ)は?」という、意の字はイメージのことです。
「意をつくして説明する」などという時の「意」で、すでに説明したように、これはバロールという子どものコトバによって表わされるものです。
そのようなイメージは、アタマの中にいくらでもひろげることができますから、時間がかかるかもしれないけれど、そうしていればいつか必ず「意は−」という答えが出てくるわけです。
だからこの場合でも「意は?」という仮説はもちろん「はるを待つ」一つだけではないのでたとえば、「やぶれ障子とかけてうぐいすと解く」「意は、ちょっとのぞいて見たい」でもいいし、「意は、春風にさそわれて音を出す」でもいい。たくさん作って一番いいのを採用することです。アメリカのパース(C.Peirce)という人は、これらの関係を説明して、仮説が真であるためには、このあとに幾つかの調査が必要になります。それによって、帰納的または演繹的な言い方ができれば、それで証明終りということになるのです。
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